津地方裁判所四日市支部 昭和50年(わ)119号 判決 1978年5月12日
本籍 名古屋市中区三の丸二丁目三二番地
住居 三重県四日市市室山町六番地
不動産周旋業
古嶋善一郎
大正一五年四月二二日生
右の者に対する強盗殺人、詐欺、有印私文書偽造、同行使被告事件について、当裁判所は検察官浅田昌巳出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役六月に処する。
この裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
押収してある土地売買契約書一通の偽造部分および同印鑑一個を没収する。
本件公訴事実中強盗殺人の点につき被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、かねて不動産取引を通じて顔見知りの市川辰代から寸借名下に金員を騙取しようと企て、昭和四九年一〇月一四日ころ、三重県四日市市室山町六番地所在の自宅から電話を用いて同女に対し、その事実がなく且つ返済の意思も能力もないのに、あるように装い、「この前紹介した室山の家の件で買手がつき、手金を打ちたいから五〇万円貸してくれ、売買が成立したら二〇万円の利息をつけ、一〇月二八日までに七〇万円にして返す。」等と虚構の事実を申し向け、同女をその旨誤信させ、よって同日正午過ぎころ、同市山城町一〇四七番地所在の同女方において、同女から額面金五〇万円、振出人同女、支払人株式会社中京相互銀行富田支店の小切手一通を交付させて、これを騙取し、
第二、かねて懇意な益川文一から一時預り名下に手形一通を騙取しようと企て、同年一二月二〇日午後一時ころ、同市中部七番五号所在株式会社益川商会不動産部事務所において、同人に対し、直ちに換金する意思であるのに、これを秘匿し、「見せ手形として使いたいから額面一〇〇万円の手形一通を切って二ヶ月位貸してくれ。」等虚構の事実を申し向け、同人をしてその旨誤信させ、よって即時同所において、同人から額面金一〇〇万円、振出人同人、支払場所株式会社近畿相互銀行四日市支店、支払期日同五〇年二月一五日の約束手形一通の交付を受けてこれを騙取し
第三、同五〇年三月中旬ころより、川喜田良一から坂下治行ほか一名所有の畑合計約二六四平方メートル(約八〇坪)の買入れ方斡旋を依頼されていたところ、同年四月下旬ころ右坂下らから売却を拒否されたのであるが、右川喜田良一から手付金名下に金員を騙取しようと企て、同年五月八日ころ、前記被告人方において、行使の目的をもって、不動産契約書用紙一枚を使用して、なんらそのような事実はないのに、ほしいままに、その売渡人欄に「坂下治行」、売買価格金欄に「弐佰九十四萬圓也」、作成日付欄に「昭和五〇年五月八日」、物件表示欄に「一、四日市市西日野町字平谷二七四九番地畑、二反二畝〇一歩、一、四日市市西日野町字平谷二七四八番地畑、壱畝二四歩」、特約欄に「山下正明氏所有地依り多少の差異は有るが約二〇坪分筆測量して売買に同意することを確約八〇坪とする」等と記入し、その他所要の事項および被告人が同日手付金として金七拾萬円を右坂下に支払った旨の各記載をなし、その売主坂下治行の名下に、予め買求めておいた「坂下」と刻んだ印鑑一個を押捺し、もって不動産売買契約書一通中の同人作成名義の部分の偽造をなし、さらに同日午後二時ころ、同市大字松本五九一番地所在の右川喜田良一方において、同人に対し、右契約書を真正に作成されたもののように装い、提出して行使したうえ、「坂下さんとはこのように売買契約もでき、既に七〇万円の手付も打ってあるから、手付を払いこの土地を買う契約をしたらどうか。」等と申し向け、同人をして真実右土地が自己に譲渡されるものと誤信させ、よって即時同所において、同人から右手付金の内金として現金五〇万円の交付を受けてこれを騙取し
たものである。
(証拠の標目)《省略》
(法令の適用)
一、判示第一および第二の各所為ならびに同第三の所為中詐欺の点につき
刑法二四六条一項
一、判示第三の所為中有印私文書偽造の点につき
同法一五九条一項
一、同その行使の点につき
同法一六一条一項、一五九条一項
一、(牽連犯)判示第三の有印私文書偽造、同行使、詐欺につき
同法五四条一項後段、一〇条により一罪として最も重い詐欺罪の刑で処断(但し、短期は偽造有印私文書行使罪のそれによる。)
一、(併合加重)
同法四五条前段、四七条、一〇条(最も重い判示第三の罪の刑に加重)
一、(刑の執行猶予)
同法二五条一項一号
一、(没収)
同法一九条一項一、二号、二項
一、(訴訟費用)
刑訴法一八一条一項但書
(一部無罪の理由)
一、本件公訴事実中強盗殺人の点は、
被告人は、金員を強取しようと企て、昭和五〇年三月三一日午前一〇時二五分ころ、三重県四日市市浜田五番二八号所在の大和銀行四日市支店正面玄関付近において、適当と思われる人物を物色していたところ、折から同店より手提鞄を持った米川誠郎(当時四八歳)が出て来るのを認め、同人に言葉巧みに言い寄り、同人運転にかかる軽四輪貨物自動車に同乗させてもらい同市沖の島町一番六号所在の百五銀行四日市支店に同行しその帰途、同市西日野町五〇一四番地の一笹川通り路上に至り、同所同車内において、同人に借金を申込み、これを拒絶されるや、突嗟に同人を殺害して金員を強取しようと決意し、やにわに所携のペティナイフ(刃渡り一二・一センチメートル)で、同人の左胸部を突き刺したところ、驚愕した同人に同車で同市室山町三四〇番地笹野千代方前路上まで連れていかれ、同所で同人より交番へ突き出されようとしたため、犯行の露見を恐れ、右ペティナイフで同人の顔面、胸部、背部等合計二八ヶ所を突き刺し又は切りつけ、よって同人をして同日午前一一時四〇分ころ、同所同車内において、胸部、背部等の刺創及び切創に基づく失血のため死亡するに至らしめてその目的を遂げたうえ、同人所有の手提鞄の中から現金八五万円を強取したものである。
というのである。
二、そこで検討するに、《証拠省略》を総合すれば、昭和五〇年四月二日午前一一時一五分ころ、三重県四日市市室山町三四〇番地所在笹野千代方前通称日永・宮妻線道路上において、通行人らから同所に駐車中の軽四輪貨物自動車(以下本件車両という。)から、米川誠郎(当時四八歳)の死体が発見されたが、同人は顔面、胸部、背部等全身に合計二九ヶ所の刺切創を負っており、死因は胸腹部および背部における右創傷による心臓並右肺損傷部から血液を迸出逸出したことによる失血であり、死亡時間は同年三月三一日正午前ころと推定されたこと、右死体発見当時本件車両内座席背もたれのほぼ中央部からその下部座席上に至るシート上および右背もたれの運転席側下部のシート上にそれぞれ履物の跡(以下前者中右背もたれ部分にあるもののみについて単に本件足跡、右各シート中これの印象されたものをシートという。)が遺留されていたが、右背もたれ下部座席上の足跡については運転席に敷かれた座布団および同席と助手席の間の放置された煙草一箱の下部に亘って印象されたものであることがそれぞれ認められるものの、前記公訴事実中被告人の所為についてはこれを直接認めるに足りる証拠は何ら存しなかったことが認められる。
ところで、三重県警察本部刑事部鑑識課城卜一作成の鑑定書(以下城鑑定書という。)および第五、六、八ないし一〇回公判調書中の証人城卜一の各供述部分(以下城証言という。)は、本件足跡は、当時被告人が所持していた黒皮製短靴右足用(以下これを単に黒靴という。)裏底の周縁部の形態、損傷痕、鋲痕等の特徴が酷似し、右履物によって印象された可能性が極めて強いものと認めるというのであるが、右各足跡の発見された位置、状況等に照らせば、これらが必ずしも米川が死亡する際に犯人により印象されたものであると即断し難いというほかはなく、城鑑定書および城証言が措信しうるとしてもそれらのみをもって被告人の右所為を推認することは困難であるが、本件事案の性質に鑑み、以下これらの証拠の証拠価値につき判断することとする。
1、《証拠省略》を総合すれば、鑑定は、城卜一により昭和五〇年六月一二日に着手され、その作業は同年七月五日に終了したものであるが、同人は同年六月一二日あるいは翌同月一三日、四日市南警察署の捜査官らに対し、本件足跡は黒靴により印象されたとみても矛盾はない旨報告をなしていることが認められる。
2、城鑑定書によれば、鑑定は、正確には本件車両に遺留された本件足跡自体についてなされたものではなく、城卜一に送付された本件足跡の写真原版(以下単に写真原版という。)についてなされたものであることが明らかであるが、本件全証拠を仔細に検討しても、写真原版の撮影状況を明らかにするものは何ら存せず、城証言は、右写真を見れば垂直式撮影法により採取されたものであることが明瞭であるとするものの、城鑑定書に添付された写真原版を実物大に焼きつけたものとされる写真第七図を検討するに、シート上をほぼ左右に走る計七本の縫目線のうち下から二本目と三本目のそれの相互間の距離を測定すれば、右端部分で約一七・〇センチメートル、中央部分で約一七・三センチメートル、左端部分で約一七・四センチメートルであり、右縫目線が仮りに平行であるとすれば、右写真原版が垂直式撮影法に依らずして撮影されたことになるのであり、右城卜一の判断には何らの根拠も存せず、また写真原版撮影時にあてられ、右第七図において実物大になったとされる物差しの各目盛りの間の距離を測定すれば、四三と五三の間が約九・九九センチメートル、六一と七一の間が約一〇・〇七センチメートル、七二と八二の間が約九・八八センチメートルであり、右第七図が上下両端部分に縮みを生じていることが明らかである。
また写真原版は、右第七図および城鑑定書添付写真第一図ならびに前掲各実況見分調書によれば、それが本件車両内で発見された状態のまま、シートをその置かれた位置から移動させずに撮影されたものでないことは明らかであり、柔軟なシートに加わる各種の力やその方向の変化に伴い、本件足跡が不正確に撮影された疑いも存し、なお写真原版は極めて不鮮明であるが、司法警察員作成の昭和五〇年五月三日付実況見分調書添付写真一七に見る通り、本件車両の内部の捜索が開始される以前に撮影されたと思料される写真は、かなり鮮明であり、右写真原版は露出の悪い稚拙な写真であるか、あるいはその撮影時までの本件足跡の保存が悪く、一部の土砂が剥落等したものを撮影したものと言うほかはない。
さらに本件足跡は細かな凹凸の模様のあるシート上に印象されたものであり、本来種々の方向、角度から光線を当てて対造足跡と対比すべきところ、写真原版は一枚のみであるに過ぎない。
しかるに城鑑定書および城証言によれば、城卜一は、写真原版の持つこれらの問題点につき何らの配慮もなさず、唯単にこれを反転したうえ、実物大に拡大して焼付けたとして、鑑定に使用していることが明らかであり、なお右各証拠によれば、後記対造足跡フィルムを作成する際、写真原版撮影時に当てられた光線の方向や角度についても何らの検討もなしていないことが明らかであり、右第一図および城鑑定書添付写真第二〇図を対比すれば写真原版と対造足跡フィルムとでは、各撮影時に当てられた光線の方向が明らかに異るのである。
3、右各証拠によれば、鑑定の方法は重合検査法のみに依ったものであり、平面検査法、かみ合せ検査法、かみ合せ重合検査法等に依らなかった点はさて置くとしても、重合する対造足跡として用いられたものは、本件シート上に天花粉を使用し、外側かつ踵側にかたよらせて押圧強で印象した足跡を撮影して得られた対造足跡フィルムから実物大の大きさに焼付けた各写真(以下これを対造足跡フィルムという。)と、指紋押捺用インキを使用して、硬質スポンヂ上に透明プラスチックフィルムを置き、人を歩行せしめて得られた各透明対造足跡であることが認められるから、これら各対造足跡は、城鑑定書中写真原版の所見として、「本足跡印象時に加えられた圧力は比較的軽微であり。」とする部分と矛盾する方法で得られたと言うほかはなく、かつ透明対造足跡は、シート上ではなくスポンヂ上に置かれたプラスチックフィルムに印象されたものである点で問題が存するほか、それが何枚作成されて、どのような基準で選択され、右各重合に用いられたものであるか等の点につき殆んど判然としない。
4(一) 城鑑定書は、本件足跡をAないしRの一八形態に分析し、他方黒靴裏面の損傷痕等として、イないしナおよび踵部中央にある凹部の計二二個の特徴点を指摘したうえで、右各形態上に各対造足跡を重合して、その周縁部が右各形態と酷似するか否かおよび右各形態上の各対造足跡に印象された各特徴点に対応する部分に、これらと酷似する形状が認められるか否かを検討したものであり、その内容は次のとおりである。
(1) A形態に透明対造足跡を重合すれば、その外蹠部外側線が同形態と酷似し(以下これを足蹠部外側線が酷似するというように略記する。)、対造足跡フィルムを重合すれば、A形態上の、対造足跡フィルムに印象されたイ、ハ、ト、チの各点に対応する部分に、これらと酷似する形状が認められる(以下本項においては、これをイ、ハ、ト、チの各点が酷似するというように略記する。)。
(2) B形態に各対造足跡を重合すれば、いずれもイ点が酷似する。
(3) D形態に各対造足跡を重合すればいずれも足蹠部外側線およびハ点が酷似する。
(4) E形態に各対造足跡を重合すれば、いずれも連続するE、G、J、Kの各形態と周縁部とが酷似するほか、ハ点も酷似する。
(5) H、Iの各形態に各対造足跡を重合すれば、いずれも踵部外側線が酷似する。
(6) P形態に各対造足跡を重合すれば、いずれも踵部内側下方付近の周縁部ならびにナ点および前記凹部が酷似する。
(7) M、Nの各形態に各対造足跡を重合すれば、踵部外側線が酷似する。
(二) 右鑑定の内容については次の問題点を指摘することができる。
(1) 先ず各対造足跡の周縁部とA、B、D、H、I、P、M、Nの各形態が酷似するとする点については、城鑑定書添付写真第三一ないし四四図によれば、これらの形態が、いずれも短いうえにある程度の幅を有し、かつシート上の細かな凹凸の模様のためにその広がりを正確に判定できない曲線により構成されていることが認められるところ、右各重合は、これらの線が黒靴裏面に付着した土砂のみならず、その底面に極く近い側面に付着した土砂によって印象された可能性もあるとしてなされており、特にそのように重合しなければならないという必然性も認められなければ、右程度の重合により酷似するとの判断を下すことも困難と言わざるを得ないのであり、右周縁部と連続するE、G、J、Kの各形態とが酷似するとの点についても、重合した様子を示す右第三七図ではJ、Kの各形態が重っておらず、同第三八図ではE、Gの各形態が重っていないのであり、また前掲各証拠によれば、E、G、Jの各形態が連続するものと仮定すれば、明らかに黒靴と同時に鑑定に供せられた茶皮製短靴の対造足跡の周縁部の方がより適合するのであり、そもそも黒靴の周縁部の形状に他の同程度の大きさの皮製短靴のそれと識別するに足るだけの製造特徴が存することを肯認するに足りる証拠すら存しないのである(なお右鑑定書はE、G、J、Kの各形態を連続するものとしているが、右第三七、三八図のほか右鑑定書添付写真第一三ないし三〇図および黒靴に照らし合せると、当該靴によっては、G形態とK形態とが同一の機会に印象されたものと見ることは不可能である。)。
(2) 次にA、B各形態上の、対造足跡に印象されたイ点に対応する部分にこれと酷似する形状が認められるとする点について検討するに、右第三一、三二図によれば、A形態上にはそのような形状が存せず、右第三三、三四図によれば、B形態上のイ点に対応するとされる部分は、むしろシート上の凹凸の関係で形成されたものと認めるのが相当であり、なおこれがイ点に対応するとすれば、その損傷の入口付近の足蹠部外側線に対応する部分が連続しているのは不自然である。
(3) A、D、Eの各形態上の、対造足跡に印象されたハ点に対応する各部分に、これと酷似する形状が認められるとする点についても、右第三一、三二図によれば、A形態上のハ点に対応するとされる部分はシート上の凹凸の関係で形成されたものと認めるのが相当であり、右第三五、三六図によれば、D形態上のそれについても同様の疑いを払拭し難く、右第三七、三八図によればE形態上のそれについては、右の形状が認められるとするのは著しく困難である。
(4) P形態上の、対造足跡に印象されたナ点に対応する部分にこれと酷似する形状が認められるとする点については、右第四一、四二図を見るに、前記のとおり同図に示された重合の仕方につき疑問があり、したがって右形状が対造足跡に印象されたナ点と同一の位置に存するものとは即断できないほか、右形状は小面積にとどまり、かつ不鮮明であって、右ナ点と酷似すると判断することも著しく困難である。
(5) さらに、同形態上の対造足跡に印象された凹部に対応する部分に、これと酷似する形状が認められるとする点についても、前記のとおり同図の重合の仕方につき疑問があるほか、右形状もまた不鮮明であり、右凹部と酷似すると判断することも著しく困難であり、なお、同図を見るにEもしくはD形態とG形態とは連続するものである蓋然性が高いが、G形態はP形態が印象された際に上部が消されているにもかかわらず、右凹部に対応する部分は、E、D各形態を消していないのであり、これらが別個の機会に印象された疑いも存するのである。
(6) A形態に対造足跡を重合すれば、本件足跡中の、対造足跡に印象されたト、チの各点に対応する部分に、これらと酷似する形状が認められるとする点については、右第三一、三二図を見るに、右部分は余りにも不鮮明であり、そこに何らかの意味のある形状が印象されていると認めることすら容易ではなく、勿論該部分に鋲痕があると認めることは著しく困難であると言うほかはない(城鑑定書中前記(一)(2)ないし(4)に関する部分において、それぞれ異る重合を実施しながら、右部分を、それぞれ各対造足跡中の鋲痕と対応する形状であることが窺えるとしている点およびにもかかわらず、同(一)(1)について「酷似する」との結論を出している点は不可解と言わざるを得ない。)。
(7) 以上のほか、同鑑定書は本件足跡を一八形態に分けながら、その多くにつき重合を試みておらず、さらに前記二二個の損傷痕の殆んどを右各形態上に発見し得ていない等の問題点を有しているのである。
5、以上詳述してきたとおり、右鑑定は、そもそも本件足跡発見時の現場の保存からこれを写真撮影して写真原版を撮影するまでの過程、したがって該写真原版そのものにも種種の問題があるほか、城卜一が当初から予断を持って鑑定に臨んだ疑いも払拭し難く、その鑑定方法・内容についても極めて杜撰と言うほかはなく、結局城鑑定書中の鑑定結果および城証言中これに照応する部分は、全く措信できない。
三、以上のとおりであるほか、当裁判所は、第三二回公判において昭和五三年三月一〇日付決定をもって、検察官の取調請求にかかる被告人の自白調書を含め書証三〇通をいずれも証拠能力なしと認定してその請求を却下したのであるが、このほかの本件全証拠を精査しても、被告人が本件犯行を犯したことを直接的には勿論のこと間接的にも窺わせるに足りる証拠すら存しないのであり、したがって本件公訴事実中強盗殺人の点については犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条により、被告人に対し右の点について無罪の言渡しをする。
よって主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋本達彦 裁判官 川原誠 裁判官四宮章夫は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 橋本達彦)